二度目の天孫降臨巡礼


高千穂神社


宮崎県知事になられた、そのまんま東さんが知事になるように啓示を受けた神社。




社史によれば
御祭神は、上古高千穂皇神と申し上げ別名十社大明神という神号で親しまれています。
十一代垂仁天皇の御代の御創建で、六国史にも掲載されている国史見在社です。
天慶年間には高千穂十八郷八十八社の宗社として、特に往昔、武神、農産業、厄払い、
縁結びの神として広く信仰を集め、鎌倉幕府をひらいた源頼朝は、畠山重忠を代参として
天下泰平の祈願をし、皇室発祥の聖地に対する尊皇のまことを表しました。境内には、
この時重忠が手植えした樹齢約800年の秩父杉(目通り1.8m、高さ55m)がそびえている。


高千穂神社は垂仁天皇の時代に創建されたと伝えられる。
当地は日本神話における天孫降臨の舞台となり、その後に日向三代の宮である
高千穂宮が置かれた地とされる。当地の伝承では、長年人々を苦しめてきた
荒神・鬼八三千王を退治した三毛野命(神武天皇の兄神)とその妻子神を「十社大明神」として祀ったのが
当社の始まりとしている。延喜式神名帳の記載はないが、
『続日本後紀』の承和10年(843年)9月19日条に高智保皇神の名が見える。
天慶年間に大神氏が高千穂18郷88社の総社として崇めて以来、人々の崇敬を受けてきた。




本殿の彫像は当宮の御祭神・三毛入野命が霜宮鬼八荒神を退治なされたものと伝えられます。
 荒振神どもを平げ農業や産業の道を拓かれた三毛入野命は厄祓や産業の神
 としても深い信仰があり鬼八退治にちなんだ猪懸祭は十二月三日に行われ神
 道祭祀の原型をとどめた古事として有名です。鬼八塚は町内に三ヶ所ありその
 なかの首塚は現在ホテル神州の東北にあります。
 高千穂宮  (現地案内板より)




高千穂宮「鎮石」(しずめいし)の由来

 第十一代垂仁天皇の勅命により我国で始めて伊勢神宮と当高千穂宮が
 創建せられた際用いられた鎮石と伝えられます。
 尚住吉、関東鹿島神宮御社殿御造営の際高千穂宮より鎮石が贈られ同
 宮神域に要石として現存しています。
 またこの石に祈ると人の悩みや世の乱れが鎮められると言われています。


昨年訪れた高千穂神社
もっと細かな写真が見れます。



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