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宇宙創生の神を祀る四柱神社・善光寺・戸隠神社まで
四柱神社(よばしらじんじゃ)
ご祭神
天之御中主神
高御産霊神
神御産霊神
天照大御神
長野県松本市に鎮座4柱の神を祀ることから四柱神社という。
数少ない天之御中主神を祀る神社
善光寺
一光三尊阿弥陀如来様を御本尊としています。
また、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、
宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられているそうです。
社史によれば
平安後期・12世紀後半に編集された『伊呂波字類抄』は、8世紀中頃に善光寺の御本尊が
日本最古の霊仏として中央にも知られていたことを示す記事を伝えています。
また、戦国時代に入ると、善光寺平では武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を巡り川中島の合戦を
繰り広げました。弘治元年(1555年)、武田信玄は御本尊様や多くの什宝、寺僧に至るまで、
善光寺を組織ごと甲府に移しました。その武田家が織田・徳川連合軍に敗れると、
御本尊様は織田家、徳川家の祀るところとなり、最後は豊臣秀吉が京都・方広寺の御本尊として
お奉りいたしました。そして、秀吉の死の直前、如来様がその枕元に立たれ、信濃の地に
戻りたい旨をお告げになり、それによって42年振りに善光寺にお帰りになられました。
となっています。太古の昔から時の権力者に大切にされていたようです。
日本百観音(西国三十三箇所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所)の番外札所となっており、
その結願寺の秩父三十四箇所の三十四番水潜寺で、結願したら、長野の善光寺に参るといわれている。
戸隠神社
社史によれば
戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、
創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、
祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。
奥社
ご祭神
天手力雄命
(あめのたぢからおのみこと)
由緒 日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、
無双の神力をもって、天の岩戸をお開きになった天手力雄命 を戸隠山の麓に奉斎した事に始まります。
中社
ご祭神
天八意思兼命
(あめのやごころおもいかねのみこと)
由緒 素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、
岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開 くきっかけを作ったという神です。
学業成就・商売 繁盛・開運・家内安全に御神徳があります
九頭龍社
ご祭神
九頭龍大神
(くずりゅうのおおかみ)
由緒 鎮座の年月不明ですが、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、
心願成就の御神徳高く特別なる信仰を集め、また古来より水の神、
雨乞いの神、虫歯の神として尊信されています。
今回は、朝九時くらいに四柱さんへ参拝。その後車で善光寺>戸隠中社>奥社と参拝させて
頂きました。戸隠をでたのは夕方四時頃。戸隠そばを食べたり写真を撮ったりと道中のんびり
の進行でした。戸隠はいつも春に行くのですが、深い雪が残っていて人が少ない分、ご神気が
たっぷりで、すごく心洗われ、力づけられる特別な場所ですね!
今回、戸隠中社にお参りさせて頂いて、奥社に向かう時に『戸隠そばを食べよう!』とふと思って
仁王門という蕎麦屋さんへ。この季節は人が少ないうえに少し時間がずれてお客は僕らだけ。
席につくと、お茶が三つ出てきた。僕らは二人。???と思っていると『お二人様でした?』と
お店の人。『はい。二人です。三人に見えました?』 『にっこり、はい!』とお店の人。
せっかくなので、お茶は三つだしておいて頂きました。最後に僕が頂いてしまいましたが。。。
でも、なんか悪いモノな感じはしなかったので、きっと神様か仏様がご一緒だったのかな?

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