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厳島神社 正式参拝のコース
厳島神社への正式参拝は宮島口の少し手前にある地御前駅の近くの地御前神社から始まります。
もし、何か大切な祈願があるときはすごくステキな参拝法かもしれません・・・
ちなみに、宗像三神『弁天様』は海の神、交通運輸の神、財福・技芸の神様とされています。
地御前神社が、厳島神社の外宮になっています。今は、海からの道を線路が阻んでいて
奇妙な感じですが、太古は、ここらら海に漕ぎ出したのだと思われます。
今でも、神事で線路を横断できるように、鳥居の前の線路の柵は開閉できるようになっていました。

地御前神社
資料によれば
御祭神 御本宮は嚴島神社の御本宮の御祭神と同じく市杵島姫命を中心として
、田心姫命、湍津姫命の所謂宗像の三女を奉斎せり。御客人宮の御祭神は嚴島神社の
御客人の御祭神(活津彦根命、天穂日命、天忍穂耳命、天津彦根命、熊野樟日命)と同じ。
御由緒
御鎮座の年代は詳らかならざるも、社伝には嚴島神社(御本宮、内宮)と同じと云ひ伝えられ
、御本宮御鎮座の年、推古天皇の端正元年大歳葵丑の年である。明治御維新までは、
嚴島神社御本宮を内宮、地方(ぢかた)の御前の御本宮を嚴島外宮と称えたり。
御奉斎の嚴島大明神は「道主貴※」と称え奉り、専ら、天孫を助け奉り、常に天孫の為に、
海陸の安全を斎ひ奉り給ふ神なれば、古来皇室及国家の鎮護、海陸の守護神として、盛んに、
上下の尊信敬排を受けさせ給う。嚴島御本宮の御鎮座記によれば、佐伯の郡の住人佐伯鞍職に幽事を、
百王を鎮護す。と示現ありしと云ふ。この御鎮座の所を合浦といふ。
※道主貴(みちぬしのむち):宗像三女神の総称 廿日市観光協会、商工会
本来厳島は島全体が聖地と見なされ、人が住むことは禁じられていたので、
対岸に遥拝(ようはい)のために建築物が造られ、そこから発展したともいわれているが
今日の地御前神社です。仁安3(1168)年平清盛の支援により厳島神社と同様、
現在のような社殿が修造されました。当時、国府から厳島へ渡ることが難しく、
陸沿いに地御前神社まで来て海中の鳥居から参拝していたそうで、
江戸時代の様子を描いた「厳島図会」には、海の中に鳥居が描かれています。
明治までは外宮と称し、地方にあることから地ノ御前社、地御前神社と呼ばれるようになりました。
現在の大宮社、客人社の神殿は宝暦10(1760)年の再建ですが、平安期の社殿様式を今に伝える建築物です。
となっています。

海上の大鳥居
本来の正式参拝では、海上からこの大鳥居をくぐって本殿に向かいます。
今回は、JRのフェリーで上陸したので、イメージだけここをくぐり抜けました。

厳島神社本殿
社史等の資料によれば
1400年の歴史をもち、日本全国に約500社ある厳島神社の総本社。
厳島神社のある宮島は、古代より島そのものが神として信仰の対象とされてきた。
平安時代末期に平家一族の崇敬を受け、仁安3年(1168年)ごろに平清盛が現在の社殿を造営した。
平家一門の隆盛とともに当社も盛えた。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けた。
戦国時代に入り世の中が不安定になると社勢が徐々に衰退するが、毛利元就が弘治元年(1555年)の
厳島の戦いで勝利を収め、厳島を含む一帯を支配下に置き、当社を崇敬するようになってから再び隆盛した。
元就は大掛かりな社殿修復を行っている。豊臣秀吉も九州遠征の途上で当社に参り、大経堂を建立している。
となっています。必ずその時代の権力者の崇敬と保護を受けていたようです。

奥宮 御山神社
厳島神社(内宮)と、対岸の地御前神社(外宮)を結ぶ直線の延長上の、弥山山頂付近に建立されています。
ロープウェーの獅子岩から展望台経由で歩いて約一時間。
宗像三神の三人の女神が舞い降りたとされる地点だと言われる伝説があるそうです。。
奥宮は三神が別々に品の字型に祭られています。
奥宮は内宮・外宮より遅れる事575年後の、1168(仁安3)年における、
平清盛ら平家一門による新社殿完成に合わせて建立されたそうです。
後に神仏合習思想によって厳島別当となった厳島御室・大聖院の管理下となり、
奥宮は三鬼神を祀る三鬼堂となるが明治時代の神仏分離令によって、三鬼堂は山頂付近の
別の場所に移設され、御山神社は再び厳島神社の奥宮に戻ったそうです。
天皇家遥拝とありました。ここまで来たんですねー!
今回は正式に参拝と思い、地御前から本殿、奥宮と参拝させて頂きました。
掲載の写真には、多くの名所、神仏のお社などありますが、通った順に見えたものを
掲載しています。参拝しながら通りたい気持ちはぐっと我慢で厳島神社正式参拝をさせて頂きました。
朝の9:30に宮島口の駅をスタートして宮島口に戻ったのは17:30頃でした。
けっこう写真撮りながらのんびりで、この時間なので、全て参拝して周っていると時間が足りないかも
しれません。なお、今回は山頂まではロープウェーを使い登りましたが、下山は山道歩いて降りてきました。
所々、少しですが道が崩れてしまっているので、足腰に負担をかけたくない方は、奥宮から
ロープウェーの山頂駅の獅子岩駅まで戻って、ロープウェーを使う事をお勧めします。
今、修復中の大聖院コースが完成したら、ステキな下山ハイキングコースになると思いますが
もう少し時間がかかりそうです。大聖院コースの崩壊の状況は別のページでご覧いただけます。
2008.02.16

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