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月讀宮
月夜見宮も月讀宮もどちらも月讀尊を御祭りしています。
こちらは、参拝の順番が決まっていて、上の写真の順に参拝して行きます。
また神宮によれば
、
月讀宮におまつり申し上げる月讀尊は天照大御神の弟神であります。
外宮の別宮月夜見宮のご祭神とご同神でありますが、月夜見宮では「月夜見尊」の文字が用いられております。
月讀尊の御事(おんこと)については、『日本書紀』(元正天皇養老四年<720>奏進)上巻に、
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)2柱の御親(みおや)神が、
天照大御神をお生みになられ、次に月讀尊をお生みになられ夜之食国(よるのおすくに)を
お治めになるようにと、ご委任になられたと記されています。
皇大神宮の第一の別宮である荒祭宮(皇大神宮神域にご鎮座)に天照大御神の荒御魂がまつられ、
豊受大神宮の別宮多賀宮に豊受大御神の荒御魂がまつられておりますように、月讀宮にならんで、
月讀尊荒御魂がまつられております。荒御魂とは、神様の御魂のおだやかな御姿を「和魂(にぎみたま)」と
申し上げるのに対して、時にのぞんで格別に顕著なご神威をあらわされる御魂のお働きを
「荒御魂(あらみたま)」とたたえます。伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮におまつり申し上げる伊弉諾尊、
伊弉冉尊2柱の神は、大八洲国(おおやしまのくに)即ち日本の国土及び山川草木をお生みになられたのち
、天(あま)の下(した)の主(きみ)たる天照大御神をお生みになり、つづいて月讀尊をお生みになられた
2柱の御親神でありますことは、申すまでもありません。
月讀宮以下4所の宮は、第50代桓武(かんむ)天皇延暦23年(804)に、神宮から上進した
『皇大神宮儀式帳』には「月讀宮一院、正殿四区」と記され、一囲いの瑞垣(みずがき)内に、
まつられておりました。すなわち、4宮あわせて月讀宮とよばれました。伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮に宮号が
宣下されましたのは、第56代清和天皇貞観9年(867)8月のことであります。
第60代醍醐(だいご)天皇延長5年(927)に、古代の最終的法律体系である『延喜式』が上奏されました。
これによりますと、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮が瑞垣をめぐらした一院をなし、月讀宮、
月讀荒御魂宮が一院を形成しておりました。
現在、拝するように、四宮それぞれが瑞垣をめぐらしたお姿になったのは、明治6年からです。
となっています。

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