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長峯神社
主 祭 神 天 鈿 女 命
天 鈿 女 命
アメノウズメノミコト 天鈿女命(あめのうずめのみこと)は、天照大御神が天岩戸に、
お隠れになった時に、岩戸の前で舞ったことにより、これが神前にて神楽を奉る最初となりました。
然して、天鈿 女 命は爾来芸能の祖神(おやがみ)として崇められることになったのです。
現在でも、芸道の守護神として、女優や俳優などが、お参りに訪れることも多くあります。
別名を於須女(おすめ)と呼ばれることから、「おすめさん」と親しんでいます。
また、宮比(みやび)神ともいわれ、宮比神の神霊を信仰しています。
御 祭 神
木 花 開 耶 姫 命
コノハナサクヤヒメノミコト
天津彦火瓊々杵命
アマツヒコニニギノミコト
宇 迦 之 御 魂 命
ウカノミタマシイノミコト
春 日 大 神
カスガオオカミ
八 比 古 神
八 比 賣 神
久 那 戸 神
クナトカミ
菅 原 道 真 公
スガワラミチザネコウ
長峯とは、外宮、内宮との参宮街道の中間にあり、尾部坂(現在の間の山)から宇治に入る
牛谷坂の山頂部に尾根伝いであり、長い峰が続いていることから長峯と呼び慣らされたものである。
その中でも、山頂部が神社付近にあたり、十返舎一九の著した東海道中膝栗毛の弥次・喜太
伊勢参宮の中に、「寒風と呼ぶ名所」とされており、当時をしのぶ古老松の大木が境内に美事な樹影を
なげかけており、いかにも長峯一帯の産土神(うぶすなさま)の鎮座地としてふさわしい地である。
町並みが形成されたのは徳川時代の初期とも言われるが、それより急速に発達して、
全国からお伊勢参りの旅人の休憩の旅篭と共に、花街として栄華を極めてきたのでありました。

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