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吉備津彦神社
社史によれば
桃太郎伝説
大和朝廷から派遣された大吉備津彦命が吉備の地を平定するに際して、
渡来人として吉備の国に製鉄文化をもたらした温羅(うら)との戦いが、
童話「桃太郎さん」の物語として今に伝承されています。
また
古代より背後の吉備の中山に巨大な天津磐座(神を祭る石)磐境(神域を示す列石)を有し、
山全体が神の山として崇敬されてきました。第10代崇神天皇の御世に四道将軍として遣わされた
大吉備津彦命もこの山に祈り吉備の国を平定し、現人神として崇められました。諸民と国を深く愛し、
永住された吉備中山の麓の屋敷跡に社殿が建てられたのが当神社のはじまりとなります。
後に佛教が入り正宮、本宮、摂末社合わせて51社を具え神宮寺や法華堂も建ちいよいよ御神威は
広大無辺に広がり古代気比大神宮・大社吉備津宮とも称され朝廷直属の一品一宮、吉備大明神として
武将庶民に至るまで厚く崇敬されてきました。皆様の平穏無事と弥栄を二千年に渡って見守り続けてきた
神域は神オワス杜、鎮守のやすらぎの杜として、今なお皆様の祈りとともに守り継がれています。
とあります。
御際神
大吉備津彦命
(おおきびつひこのみこと)
社殿も勿論素晴らしいのですが、御神体の山からのパワーが凄いです。
お稲荷様のところと、今回は行かなかったのですが遺跡と御陵があって
たぶん、そこは凄いパワーです!(今回時間が無くて行けませんでした)
次回行ってみます!

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