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宮古神社
宮古島で唯一参拝できた、本土と同じ形式の神社。
まったく失礼な話なんですけど初めて宮古島を訪問したときから、御獄を見て、
なんでこんな感じなんだろう?どう見ても、廃れてしまった感じに目に映ってました。。
それは、神様を祀る神殿は本土の場合
きちんと社殿を建立して・・・・と比べてしまってたからだったんです。
もともと、自然の神様を祀る>>自然そのもの。なので、こっちでは豪華な
装飾や社殿ではなく、自然そのものに対して、神様に対しての御獄なので
根本的な考え方が違うようです。最初は本当に失礼ながら、お金ないのかなー?
地元の御獄の目の前の人や近所の人は御獄大事にしないのかなー?
などと、勝手に考えてしまっていたのですが、それは本土の神社などを見ての
勝手な僕の解釈だという事が後でわかり、ほっとしました。
地元の人は、御獄には近づかないそうです。それは、子供の頃から親にそう教えられて
育つかららしいです。御獄に入れるのは神司(かみつかさ)だけのようです。
一方、この宮古神社は、地元の人は、結婚式、お七夜、宮参りなどで
お世話になるそうです。
御際神
【豊見親三神】
与那覇勢頭豊見親恵源命(よなはしどぅとぅいみやー)
仲宗根豊見親玄雅命(なかそねとぅいみやー)
目黒豊見親定政命
【熊野三神】
伊弉冉尊(いざなみのみこと)
速玉男尊(はやたまおのみこと)
事解男尊(ことさかおのみこと)
歴史
古来、宮古島には沖縄本島の波上宮より熊野三神が勧請され、
現在の平良市西里付近に宮古権現堂が建てられた。
大正14年1月、宮古神社が建立され、与那覇勢頭豊見親恵源命と仲宗根豊見親玄雅命を祭神とした。
与那覇勢頭豊見親と仲宗根豊見親は、宮古島の指導者的立場にあった人物。
その後の昭和15年5月に、宮古権現堂の熊野三神は宮古神社に合祀された。
終戦時に一時取り壊されたが、戦後の復興の際には目黒豊見親定政命が加わり、
豊見親三神として祀られるようになった。
とあります。

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